【なんのための?】

江戸時代の中ごろ、儒者の貝原益軒という偉い先生がおりました。

先生は庭に牡丹の木を植えて、大事に育てて花が咲くのを楽しみにしておりました。

 

ある日、先生の留守中に番をしていた弟子二人が、庭でふざけあって相撲をとっておりますと、転んだはずみに先生の大切にしている牡丹の木を折ってしまいました。

 

先生のお叱りを恐れた二人は、隣家の主人に、先生へのとりなしを頼みました。

 

先生が帰宅し、隣の主人と弟子二人が、おそるおそる訳を話しますと、先生は顔色ひとつ変えるでもない。

隣の主人が、「弟子らのしたことを、怒っておられぬのですか?」と尋ねると、先生は次のように言われました。

「私は楽しむために牡丹を植えたのであって、怒るためではありません」

 

この話に、私は日々の自分の言動についていろいろと気づかされましたが、これは戦前の小学校・初等科「修身」の教科書に出ているお話です。