【当たり前じゃないの】

ときどき私は人から変わり者だと言われますが、自分ではごくふつうだと思っています。

 

精神異常者は自分の行動を当然と思っているそうですし、天才は自分の為すことをなんでもないと思っています。

 

法学法理の世界では、「事実は人の数だけある」と考えます。

 

何を認識するか、なにが当然と思うかは人それぞれなので、事実も人の数だけあるのです。

そこで裁判官は、どの事実が妥当かを採用するだけです。妥当性は真実ではありません。

ただ多くの人の「共有事実」に過ぎません。

  

よって、このたくさんある「事実」、人の「当たり前」というのは、実はかんたんに変えられます。

ゲームのルールと同じことです。

 

サッカーをやるなら手を使わないでしょう? でもキーパーやスローインのときは手を使う。なぜ手を使ってはいけないのか? 

なぜあるときは使っていいのか? 

と深く思索して哲学的に考えますか? 

しないでしょそんなこと。

 

そのように教えられたから、そうしているだけです。

 

へんな理屈はいらない。

「当たり前には、それもあるけど、こういうのもあるよ」と自分に教えるだけ。

 

それで行動ががらっと変わります。