【認識出来るものと認識出来ないもの】

 

災害や病気、時には戦争など理不尽だとしか言いようがない出来事は、いつの時代もどんな人にも大なり小なり起こる事です

それは誰にもコントロール出来ないこと、とされています

しかし、学問を活用してリスクを軽減する事は可能です

昔の武士は戦に勝つ為に学問を活用し「爪を切る時」「風呂に入る時」などの様々な事柄において日頃の選択から運を運んでいました

何を選択してどのように幸動するか

学問において自身の運気を整えていくのですが、どの時期どのタイミングどんな案件においても共通する事は、選択すべき事を学問で割り出したら「今、目の前の選択すべき事」を精一杯遂行し生きる事とあります

選択すべき事に「たかが」とか「この程度」とか「誰も見てないから選択した事にしよう」とごまかしても、しっかりとその後の運命に現れてきますからすぐにバレるし、自身の運命に悪影響を及ぼしてしまうので自業自得となってしまう

「何がチャンスなのかわからない」

「どれが何に繋がるチャンスなのかわからない」

認識出来るチャンスと認識出来ないチャンスがあります

何が起きるかわからない事に嘆いたり馬鹿にするよりも、自身の運命に関わり自身の運気に影響するのですから、自身の人生の可能性に賭けられる機会を逃さないようにしましょう!

機会を逃さないあなたになる方法は学問で学びます

チャンスはチャンスの顔をして現れないと聞いた事があるように、何気ない日常の中にたくさん潜んでいるのです

「たかが」とか「この程度」と軽視していると痛い目にあいます

毎日を丁寧に過ごし、いざという時にチャレンジする用意を持つ事は、野球でいう控選手が「代打」でいつでも出れるようにする準備のようなもの

いつ誰の代打になるのかわならないから準備するのは嫌だ、とはならないように人生の選択も同じです

実り多き人生にする為にも、いつでも『命と数』に生きてチャンスを創る選択を日々選択しましょう

与えられた人生は、与えられた時間

生かされているという事は、与えられた証

命を活かしきる思いを大切にしよう

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ポーランドのノーベル物理学賞受賞者

マリア・スクウォドフスカ=キュリーは言いまし た

『チャンスは、それに備えている者に微笑むものだ』

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#個性運命学

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#愛 #革靴のままでは走りにくい