【有言実行と不言実行】

 

日本は長らく知識を増やす教育が続いていて問題提起されています

この「知識を増やす教育」のおかげで表出された副作用の一つが「不言実行タイプ」と「評論タイプ」

そもそも意志が弱く、自信がないのに「間違えたく無い」「もし出来なかった時に格好悪い」「もし間違えていたら格好悪い」など人からの評価を気にしていてプライドが高い人ほど「不言実行」や「評論タイプ」

出来なかったらまたやり直せばいいじゃないか!

間違えていたら謝ればいいじゃないか!

学問で軌道修正はいつでも可能です!

言わない、やらない

という消極的で安全パイな選択では大切な人を守れないし、信用も得られない

正解しか出してはならない

良い結果しか認めない

間違えを馬鹿にする

このような価値観を次世代に持ち込む事は未来にとって愛ある選択でしょうか?

サラリーマン社会での評価評論環境がもたらした経済的効果もありますが、人間的には負の副作用なのかもしれません

責任を持った大人としての在り方として

「大人が次世代に楽しんでチャレンジしていく姿」を見せて、チャレンジして失敗したらその失敗を経験として学び、起き上がる姿を見せる大人が現代では必要ではないでしょうか

大切な人の為に発言をして間違えたら謝ればいい

訂正すればいい、柔軟に対応するチカラを持てば良い

変更になったら、批判するより柔軟に対応する対応力を発揮すれば良い

後出しジャンケンのように

誰かの失敗の後になってから

「だから私は賛同しなかった」

「私は違うと思っていました」

など冷静さを言いたいタイプがいるように

情熱を表せず冷めた人間に成幸なし

チャレンジして失敗経験の無い方が人生の失敗だ

評論するのは誰でも出来る

ならば自分がやってみせてよ

善行や貢献は不言実行が良いですね

評論家で偉そうに後出し正解を言うよりも、無関心の冷酷な傍観者よりも、三振しても三振してもバッターボックスに果敢に立ち続ける姿こそが、次世代へ見せるべき姿なのではないでしょうか?

根性無しの評論家や優等生ぶった傍観者は、あっという間にAIに負けてしまいます

真理を知らずして、愛を知らずして、評論している程滑稽なものはない

学問を学ぶと、他者から評論されても、後出しされても、馬鹿にされても、攻撃されても学びにするだけですから勝とうとしても無駄です

冷めた評論タイプよりもフィールドでのプレイヤーでいよう!

失敗や間違いのリスクがあるものほど有言で、リスクがない善行や貢献は不言で行おう

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アメリカ合衆国第26代大統領

セオドア・ルーズベルトは言いました

『批評家は、強い男がどうしてつまずくかを論じ、人の仕事の欠点をあげつらう。

だが、人の批評をする事にどれだけの価値があるのか!

競技場に自分の足で立ち、地と汗と埃にまみれ、勇敢に戦いに挑む事こそ意義があるのだ』

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#個性運命学

#格好つけても格好悪い #素直さ #信用

#懐疑心は寂しい #石橋を叩き過ぎて壊す人

#愛 #情熱 #勝ち負け関係ない