シュメル人はどこから移住してきたのか、考古学の世界でもいまだ明確には確認されていません。シュメル人以前の人類は文字を持たず、文章記録というものが存在しないからです。

 

イギリスの世界的考古学者ゴードン・チャイルド(1892-1957)は、牧畜、農耕生活をもたらした新石器革命のつぎに人類が経験した一大経済変化として、都市の成立をあげ、これを都市革命と呼びました。そしてこの都市革命は、紀元前4,000年記後半に、世界でまず最初に、メソポタミア地方において、シュメル人によってなしとげられたのです。

チャイルドは、食料の余剰生産が可能になることが都市革命のための大前提としましたが、シュメル人は同時代の他の地域とは比較にならない高生産の農業を確立していました。他の民族が自然任せで農耕を行っていた時代に、気象や天文学で季節を把握し、計算や軽量をつかった運河や灌漑や農地の整備、合理的な作付けや収穫、優れた貯蔵方法や作物の加工、二次産品活用までをも駆使し、じゅうぶんな余剰生産分を確保。その余剰力をもって他国との交易を拡大し、都市を整備し、専門の職人や商人、書記や政治家、祭司や神官、研究者や建築家、芸術家や文学者といった非農業従事者を育成、いわゆる、文明社会そのものを構築します。

 

彼らが発明したといわれるものは、文字(楔形文字)、人工の運河と灌漑、条播、家畜、奴隷の使役、太陰暦、七曜制、60進法、暦とともに、天文学、占星術、はんこ(円筒印章は彫刻と考えることも)そして、ビール!

 

中でも、なによりも重要な発明は「文字」と、それを使い「記録すること」そのものでした。

 

記録すること

-明確な意思表示と信用創造-

 

文字やはんこの必要性は、増加する在庫品や商取引を記録して備忘すること、封印などで信用を得ることから始まりました。

当初は商品を入れたカメの蓋の封印などに、品種や数量を示す単純な古拙文字や印章から始まりましたが、やがて財力や信用力、そして権力を象徴する所有者を表す方法として、文字やはんこが高度に複雑化していきます。

この便利な方法は、すぐさま隣国へと広がりました。シュメル人の楔形文字は、中東、地中海沿岸、西アジア全域で発掘されています。

粘土板の消滅で円筒印章はすたれましたが、スタンプ型のはんこは中国や我が国日本では現代でも利用されています。

 

文字で記録すること。我々が文明と呼ぶすべての根源です。

 

その後、シュメル人都市間の抗争や統一、他民族流入、戦いなどの苦難をくぐりぬけながら、約2,000年間の長きにわたり、自らの文明を記録し、改良し、やがてこの「人類最古の文明」の「記録」は、西方のエジプト文明、東方のインダス文明へと受け継がれ、地中海、ユーラシア大陸を経て世界中へと伝わり、「人類一般の文明の形」となり、現在の私たちの文明の元となっています。