【グノーティ・セアウトン (汝自身を知れ)】

と、デルポイのアポロン神殿の入り口に掲げられています。

 

現代では、学校教育をはじめ、映画や小説、ヒットソングのほとんどが、次のようなメッセージを伝えます。「自分を大切にしよう」、「自分で決めよう」、「自分の気持ちに正直でいろ」、「心の叫びに耳を傾けろ」、「嫌なことから逃げてはいけない」、「嫌なら逃げていい」。

しかし、これらのメッセージを安易に受けとってしまうことの弊害は、自分の感情が自分の心と勘違いしてしまうことです。

 

個性運命学でも「外部にあれこれ答えを求めるのではなく、自分の心に戻って命を立てよ」と説いていますが、そこで特に注意しなければならないのは、自分の心と、自分の感情とは、ぜんぜん別のものということです。

 

多くの人は、自分の今の思考や感情を、自分自身と混同しています。「いやなことばかりあるから自分は不幸だ」「いま楽しいから自分自身は幸福だ」。自分のことは自分がいちばんよくわかっている。本当にそうでしょうか? 我々はそれほどに全知全能で、いつでも正しい選択を行えているのでしょうか。

冷静になってよく省みるならば、その感情とは、なにか外部からの刺激や、人との比較から生じた反応なのであって、本来の自分自身(の心)とはそのような一過性のものではありません。

  

本来の心(自分自身)とは、天与され、誰もが生まれ持った、光り輝く命そのもの。

主観的な感情以外に自分の心がわからないという人は、それこそ世の中の欲や穢れに心の本体が覆われてしまって、価値ある自分が隠され、見えていないだけなのです。

 

夜や、雨や雪の日に太陽が見えなくても、太陽がなくなったわけではありません。

「汝自身を知れ」とか、個性運命学でいうところの「心に戻る」とは、まずこの自分の心の存在を確信し、知る、ことなのです。