【バランスをとる運命】

明治の文豪・幸田露判は、「幸福三説」 の中で、惜福(せきふく)ということを言います。

 

「幸福にあう人を見ると、多くは惜福の工夫のある人だ」

 

人生だれでも一度や二度、絶好調の時があります。商売をやれば次から次に繁盛し、会社にあってはどんどん出世、欲しいものは手に入り、好きな女に言い寄ればすぐ思い通りに・・・ 絶好調をいいことにして、手当たり次第にどんどん行動して、貪婪飽くことを知らず突き進んでいくと、いずれは落ち目の日がきて、あとは転落するのみです。

 

「惜福」とは、福を惜しむこと。

 

自らに与えられた幸福を、取り尽くし、使い尽くしてしまわずに、すこし遠慮して天に預けておくのが惜福である。この惜福の工夫をしている人が、不思議とまた福に遇うものであると。

 

自分があまりにも幸福なときは、まてよ、と。ちょっと立ち止まって、このままだと福に飽きてしまうのじゃないか? まだその上があるのだろうか? キリないのじゃなかろうか? 

 

老子は「足るを知るが富む」ともいいますが、福を取っておいて、またその福を、落ち目のとき、将来のために使う。

幸田は次のようにも言います。

 

「花を真ん中に描いたら周囲に花を埋めてはいけません。華やかすぎます。人生はそんなものではありません。」

 

良い時悪い時、バランスあってこそ、人生が味わい深いものになります。

 

「ABD個性運命学」