【印象操作】

聖戦

原理主義

過激派

殉教

異端

異教徒

神の御心

 

イスラム教は、日本の報道(アメリカも)では、なにやらおそろしげな印象で伝えられます。しかし、これらの用語はもともと中世ヨーロッパ・キリスト教の、ある種の人たちを表した言葉です。

 

11世紀末、政治的思惑を持ったビザンツ皇帝やローマ法王は、イスラムの支配下にあるイェルサレムにおいてキリスト教徒がひどい迫害を受けているという根も葉もない印象をでっちあげ、西ヨーロッパのキリスト教徒に「聖地奪還」の「聖戦」に「殉教」することを、そそのかします。

そそのかされたキリスト教徒は、十字軍と称して東方やイベリア半島、北アフリカへ攻め入り「異教徒」である住民の大量虐殺や略奪などの残虐な遠征を「神の御名」において繰り返します。むろん彼らも、そそのかされたふりをして、本当の目的は略奪です。

やがて、そそのかした側も、ビザンツ皇帝は自分の首都まで十字軍に攻められ、教会も信用を失い影響力が弱まり、その後のフランスやイギリスの国家王権を強める結果となりました。

 

人々の印象操作を企んでも、やがて自分に返ってくるの、事例です。