【人の世の不思議】

「不思議」の語源は「不可思議」で、仏教用語です。

 

仏や神の意図のように、言葉に表すことも思い計ることもできない境地のこと。

「不可思議」は、10の80乗の数字の単位にもなっています。

 

釈迦に弟子が質問しました。

「宇宙はどこまで広いのか?」

「時間はいつ始まっていつ終わるのか?」

「死後の世界は存在するのか?」

釈迦はこれらを「無記」としました。

無記とは、議論するべきでない、考えてもしょうがないことを指します。

一見「不可知論」とも取れますが、また異なるものです。

 

なんだ、ようするに釈迦もわからないんじゃないか。と思う人があるでしょう。

すべてには始まりや終わり、広さや果て、重さや軽さ等がある、自分という存在がいる、などの考え方や意識自体が人間固有の特徴あって、それも煩悩なのだと、釈迦は説きました。 

釈迦は信仰を説いていません。実践することを説きました。

悟りを開けば、すべてが理解される、ということです。

煩悩だらけの我々だから、人の世の不思議を、日々感じるのです。

 

「ABD個性運命学」