
「学問」ということの定義について、世間に誤解が蔓延しています 。
本来の学問というのは、ある分野がなんであるかを「追求し続ける 」行為のことです。
学の目的が、いい大学に入学する、単位を取る、資格を取る、 学歴に箔を付ける、それによっていいところへ就職する・・・ 現代日本人の多くが考えているこういったことは正確には学問とは いいません。これらは履修というのが本当であり、学問のうちの一 部行為のことです。
学問は学校で売っているパッケージ商品ではありません。履修や資 格取得を目的とするために大学へ行くなら、そこは英語でいうとこ ろの University ではなくVocational college というべきものです。
学問の営みに終わりはありません。もしある学問が「これが完成品 」とするのならば、もうそれは学問ではなく、自然科学でいえば公 理や定理、人文でいえばドグマ、または宗教というべきものです。
個性運命学においても、代表である星里奏も学を追求し続ける仲間 の一人であって、教祖ではありません。
個性運命学の分野目的は、文明観が行き詰まってしまった現代、 逼塞した今をどう生きるか、人の営み進化させること。ポストモダ ンの範疇に入るでしょうか。非常にやっかいで大きなテーマですが 、ですから時に迷い、間違え、考え方も変わっていきます。ですか ら「学」と名乗っているのです。
コメントをお書きください