【学ぶ】

昨日のニューマンと似たようなことで、孔子が「淮南子」という書物の中で、蘧白玉(きょはくぎょく)という人のことを褒めています。

 

「行年五十にして四十九年の非を知る」

「六十にして六十化す」

 

人は50歳ともなれば、自分自身を省みなくなって驕りや妥協が生ずるものだが、衛の蘧白玉は、これまでの人生49年間は失敗と反省の連続でまるで無駄であった(この人は出世して高い地位にあった人です)。これから60になっても変化向上できるように、と心がけているというのです。

 

勉強とは学校のみでやるものにあらず、あれは練習みたいなもの。日々、社会における日常生活こそが、学びの本番です。