【インター個性】

多くの宗教でよく説くところ、「究極的には、彼我に区別はない」ということと、”有象無象”とはいったいなにがどう違うのか? 

 

なぜ個性運命学では個性を確立することをうるさくいうのか? 

 

ややこしい概念ですが、次のように例えてみましょう。

 

「インターナショナル」という言葉があります。国際的とでもいいましょうか、国境を超えて活動したりすることですが、昨今はやりのグローバルとはニュアンスがちょっと違いますけどね。

 

”インターナショナル”になるには、まず、”ナショナル”でなければならない。ということ。

 

ひとむかし前の左翼が唱えた反ナショナリズムでは、インターする対象が喪失しているため、インターナショナルにはなり得ません。(そのわりには組織を第三インターナショナルなどと評していましたが、滑稽です)

 

つまり個性の際立たない有象無象とは、そういうことですから、まずもって個性を確立しないと、宗教的悟性には至れません。