【昨日のつづき 隠喩とか暗喩】

言語表現には、隠喩(メタファー)というものがあります。

  

「陰陽」といって、日なたや日陰のことではありません。

「火」や「水」や「土」といったところで、化学反応の炎やH2Oや土塊のことを言っているのではありません。

 

隠喩を事実と勘違いする人は、食堂のメニューに「カツ丼」と書かれてあったら、そのメニューをムシャムシャと食べるのでしょうか?

  

ゲーテは、「あらゆるものはメタファーだ」と言っています。

  

「神」も同じ。

人や動植物や岩石や大気や太陽や月や星・・・、すべての原子がエネルギーを持つから存在している。

 

神とは、この宇宙のエネルギーのすべてを、擬人化し、象徴してえているのです。

そのエネルギーが、”時間”という制約のこの世界に降り立ち、我々が知覚することのできる万物が存在している。

  

『ヴェーダ』は言う。

「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る」

 

神とは、人知が掴みきれないけれど、確かにそこに ”ある(The One)”  の表現なのです。