【自得】

釈迦は生まれるなり七歩あるいて「天上天下唯我独尊」と宣したという。

 

有名ですからみなさんご存知かと思いますが、これは「天と地において我のみが尊い」と解される場合が多いのですけれど、暴走族ではあるまいし、それはちょっと誤解です。

 

独というのは、孤独という意味ではなくて、自分、とか自己という意味で「私は自分というものを絶対的に掴んでいる」ということです。自分は世の中において相対的ではなく、誰彼と比べてではなく、自身は世界に唯一無二の絶対的にオリジナルであるから、なによりも尊い、と言っているだけなのです。

 

どうしてわざわざそんなことを言うのかというと、ふつう人間というのは、お金や地位や健康や、いろいろ大切ななにかを失うのを恐れて人生を生きていますが、実はもっとも失いやすいのが、自己だからです。

お金がなくなったから落ち込む、地位を失ったから虚脱する、彼女に相手にされずヤケになる、健康を損なったから諦念する、それらアクシデントそれ自体ではなく、そのように自己を失うことから、すべての間違いが起こってきます。

 

いわんや現代、人が作ったルールや情報ばかりを得ようとし、そもそも自己を掴むことを放擲してしまった人が多い。分派、専門化に細分化して、自分を疎外し、世の中の流れに幻惑されて、欲望から自らの個性を捨てて、世間の一部品になろうともがいている。

しかし、自分を得る、自得する。自己を得たなら何事にも動じる必要はない。そういう人なら、こんどは世の中の方がほっておかないから、世に必要とされる。ですから自己を深く理解することのほうが、功利的にいっても立身出世するのに近道なのです。

 

自己を掴むことを仏教では「見性」といいます。「性」は心で生きる。儒家も「君子入るとして自得せざるなし」と。全ての正しい営み、仕事、ビジネス、結婚、勉強、道徳、哲学、宗教などは、まず自分の個性を掴むことがすべてで、それをはずしては意味をなしません。

 

 

本年もとうとう暮れてしまいますが、来る年も皆様がご自分の個性を掴み、人物を磨けるよう願っております。本年もありがとうございました。