【禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし) 『史記・南越伝』】

上の意味は、説明なくても知っていますよね。

「幸・不幸は、縄のように纏められて、人生は進んでいく」

 

禍福倚伏(かふくいふく) 『老子』

「不運なとき、そこには幸福がよりそっていて、幸福なとき、そこにはわざわいが潜んでいる」

も似たような意味。

 

さらに、

 

人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま) 『淮南子』

 

むかし中国の北方に、遊牧民の「胡(こ)」という地域がありました。名馬の産地です。

略奪を生業(なりわい)とする胡人の侵入を防ぐ砦を塞(さい)といい、その砦の街に、占術の巧みな翁(おきな)が住んでいました。

 

ある時、その老人の大切にしていた馬が、胡の方角へ逃げてしまいました。

近所の人は気の毒がって老人を慰めました。

ところが老人は、「これが良いことにつながらないとも限らない」

と言います。

 

しばらくすると、逃げた馬が、仲間になった胡の馬をたくさん連れて帰ってきました。

そこで近所の人たちがお祝いに行くと、老人は言いました。

「このことが災いにならないとも限らない」

 

しばらくして、老人の息子がその馬に乗っていて、落ちて足の骨を折ってしまいました。

近所の人がお見舞いに行くと、老人は言いました。

「これが幸運につながらないとも限らない」

 

1年が経ったころ、胡の遊牧民が襲撃してきました。街の若者はすべて戦いへ赴き、多くが戦死しましたが、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行けず無事でした。

 

*「人間」は人のことではなく、世間のことです。