【ゴーストリーの国】

明治のはじめにわかに国際デビューを果たした日本国へ欧米の知識人の注目が集まりました。

けれど、当時来日した英国人の多くは、日本人の精神性における仏教には注目しましたが、神道は原始的なアニミズムであり、教義も戒律も哲理も持たないそれは宗教ですらない、と切って捨てました。

  

それに異をとなえたのが、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンでした。

「熱心に欧化を進める日本人の支配階級には見るべきところはなに一つない。

しかし庶民の偉人を祀るこころ、人智には計り知れない自然を敬愛する神道は、上層階級が人為的に作り示される教義や戒律を持たないからこそ価値があるのだ」、「素朴な生活に根付いた神道こそが日本人に固有な魂であり、世界観なのだ」という意味のことを言っています

そういった想いが、のちに怪談や紀行文などの名作に結実します。

 

ハーンはギリシア人の母とケルト人の父を持ち、幼いころ両親に棄てられる形でアイルランドの祖母の元で厳格なカトリック系の学校に通わされます。

ギリシアや島のケルトは日本と同様にアニミズムや多神教の息づく世界。

 

ハーンは押し付けられるカトリックの教義や躾けがイヤでしょうがなかったようです。

やがて彼はアイルランドを飛び出しアメリカへ渡り、功利的なアメリカ社会での辛酸をなめた後、新聞記者として日本へやってきます。

     

ハーンは言います。

「この国では、死者ばかりではなく、生きている我々も、ゴーストなのだ」

そこでは、死者と生者が同時につながっている。

  

11日の東日本大震災のことを書きながら、上記のようなことを思い浮かべました。