【論理その3】

昨日の問い2:

セリ子がカゼをひいているとき、タマ子はカゼをひいていません。

では、タマ子がカゼをひいているとき、セリ子はカゼをひいていない。

といえるのでしょうか?

 

問い2の答え: 

「タマ子がカゼをひいているとき、セリ子はカゼをひいていない」といえる。

 

これは、けっこう厄介な問題です。

「いやしかし、現実的には、タマ子がカゼをひいている時に、セリ子もカゼをひいている場合が、ありえるだろう?」

と考えたい人がいると思いますが、これは、現実という前提が邪魔をして、論理が理解できない証拠です。

 

前文で、「セリ子がカゼをひいているとき、タマ子はカゼをひいていません。」と断っているわけです。

この理屈を証明しますと、タマ子とセリ子がカゼをひいている、いないの組み合わせは、次の4通りしかありません。

 

①セリ子:ひいていない。かつ、タマ子:ひいていない。

②セリ子:ひいている。かつ、タマ子:ひいていない。

③セリ子:ひいていない。かつ、タマ子:ひいている。

④セリ子:ひいている。かつ、タマ子:ひいている。

 

前文で「セリ子がカゼをひいているとき、タマ子はカゼをひいていません。」と断っているので、④はありえない状態ということです。

残る①②③から、タマ子がカゼをひいているのは③しか存在せず、そのときセリ子はカゼをひいていません。

 

これは高校数学の「対偶」の問題で、命題P「AならばB」に対し「BでないならAではない」をPの対偶命題といいます。命題PとPの対偶命題は、論理的に同値で、一方を前提としたとき他方の結論を導き出せます。(たとえば、「カゼは病気である」から対偶「病気でないならカゼではない」が導き出せるのはわかりますよね)

 

命題「セリ子がカゼをひいているとき、タマ子はカゼをひいていません。」

の対偶は

「セリ子がカゼをひいていないとき、タマ子はカゼをひいている」なので、

「タマ子がカゼをひいているとき、セリ子はカゼをひいていない」と結論することができるのです。

 

ここまで説明を受けても、まだ納得できない人はけっこういます。「いやでも、実際に二人がひくこともあるだろ?」と。

それほど現実が頭にこびりついて、無意識に前文を無視して、そこからしか思考ができないのです。無意識とはそういったものです。

 

 

ABD個性運命学