【会議】

日本の立派な会社における会議とは、

参加者が成案を作ってきて発表する。→ 批判と質問が出る。 → 多数決で決する。

適当な思いつきや浮ついた発言をするとなぜか上司に怒られる。

部下から上司への反論は許されない。

 

欧米の会社における会議とは、

各人が適当に思いついたことを言う。→ 面白いか面白く無いかで討論。

議題に他の人がさらにアイデアを加え、より良くなるよう高めていく。

議論、討論の勝敗等に遺恨はない。

*(これは理想の話で、実際は欧米の社会でも討論における遺恨等はかなりあるようです。だからセラピーやカウンセリングが盛んです。)

 

前者のはつまり、なにがベストかではなく、参加者の納得感を得るための儀式です。

儀式後は、その方針は「自分たちが決めた」ではなく「会議で決まりました」と、会議が擬人化または神格化され、かくして職場は神聖な領域となる。

 

実はこれは、責任を明確にする経営会議のやり方ではなく、「民主主義」の手法です。主権者の投票行動の「責任」を消失させるために考え出されたアイデアです。

 

いまどき日本の会社も、こんな古臭いところは少なくなってきているでしょうけど、なんとなくそういう体質をいまだに持った老舗企業が、いろいろ不祥事を起こしているように見えます。

 

 

ABD個性運命学