【面倒なこと⁈】

達成したい目的があるのに、その過程が面倒だ、ってことありますか?

また、面倒だけどやらなければいけない、って思うことないですか?

 

たとえば、ディズニーランドは好きだけど、行き帰りの渋滞や駐車場が面倒だ、とか、

早起きして仕事行くのが面倒だ、とか、

子供の学校や、地域の行事に出るのが面倒だ、とか、

痩せたいけど食事制限や運動が面倒だ、とか。

 

でもその目的にべつに関心ないなら、最初からやりませんから、面倒もありませんよね。

ディズニーランド嫌いなら行きませんから駐車場を歩き回る必要もありません。給料要らないなら仕事なんて行く必要ないですから早起きも必要ないですよね。学校やご近所で嫌われてもいいなら行事に出る面倒もありませんし、痩せなくていいなら好きなだけ食ってゴロゴロしとけばいいのです。

 

ということは、「面倒なこと」というのは、あなたのやりたいことや目的に、どうも付随しているようです。先週お話した、「煩悩」と「苦」の関係ですよね。

 

ということは、その「面倒なこと」も、全体で見れば「やりたいこと」や「目的」のうちの一部と考えてみてはどうでしょう? 

なんなら、その面倒なことを、やりたいことや目的そのものとしてもいいのではないでしょうか? 

なんでこんな面倒な過程があるのか? どうやったら効率よくできるか? とか考えてみる。どうせやらなければならないなら、ゲーム感覚で楽しんでみる。そうしていると、目的達成のために、面倒それ自体がやっつけたい事柄になってくる。楽しくどんどんやっつけてくわけです。テレビゲームとかって、クリアーするまでなるべく面倒にできてますけど、好きな人はいくらでもやってますよね。

 

洗濯ならいかに早く乾かすかエアロダイナミクスを考えて干す、とか、掃除なら昔のクソゲーであったような雑魚ひとつ残ってたらクリアーにならない、とか、そんなふうにやると時間を損した感がなくなるし、「食うことの快感」なども、やがて「自分を制御できる快感」みたいな真逆へチェンジしていきます。

そうなったらもう成功したも同然ですね。

視点を変えれば、成果がまったく変わってきますよ。

 

考えてみて、もし、その「面倒」が、人がやってるから、とか、そういうものだから、とかで、自分のやりたいことや目的につながっていないなら、即刻やめた方がいいです。「弱さ」とは、引きずられることですから。

 

 

「ABD個性運命学」