【運・時・命・数・道】

「子曰く、治乱は運なり。之に乗ずる者あり。之を革むる者あり。窮達は時なり。之を行く者あり。之に遇う者あり。吉凶は命なり。之を作す(なす)者あり。之に遇う者あり。一来一往各々数を以って至る。豈に徒に云わんや。」   文中子 『中説』

 

 

世の中が乱れたり治ったりするのは個人の力ではどうにもならないが、これにうまく乗る者があるかと思えば、気づかない者もいる。また、この流れを変える者もいる。これが運である。

 

窮達は時であり、いつまでも窮するわけでなければ、いつでも達するわけでもない。これは時というものであり、時に会わなければ達すべき人も達することができないし、時に会えば窮していた人が思わず栄達を得ることもある。

 

吉か凶かというのは、命である。絶対必然である。人の理屈や打算でどうなるものでもないが、その命をうまく使う者がいる。創造とは命を作すことである。かと思えば、偶然出会う者もある。これは主体性があるかないかの違いであるが、それぞれ、数を以って至るのである。数とは因果関係、そこへ至る理法のことである。

 

運の如何、時の如何、命の如何にかかわらず、数というものを知って活動することが、道ということである。