【学知、お金】

腕力の強い人が弱い人の荷物を持ってあげるくらいは、当然のことですよね。

背の高い人が低い人のために高いところのものをとってあげる。

料理の上手な人が采配してみんなのご飯を作る。

運転上手な人が運転してみんなをより安全に運ぶ。

視力のいい人は雷雲が来るぞ! 

とみんなに伝え、鼻がいい人は鍋が焦げているぞ! と火事を防げばいい。

 

みんなそれぞれ個性や得意なことを持っている。それは競い合うものではなくて、互いに融通しあってみんなで支えあっていけばいい。これ、社会的には当たり前だと思うでしょ。

 

そして・・・ 専門的な学問ができる人は、専門ではない人にわかりやすいよう教えてあげる。難しい言葉を噛み砕いてね。

 

お金がある人は、ない人を助けてあげる・・・ あれれ、本当にそうなっている?

 

こと学術や知的なことについては、子供の頃からの受験勉強のヘンな癖がついたのか、ヤマ張りや足の引っ張り合い、知ったかぶり、冷笑、恫喝、立場の取り合い、不毛な論争ばかりしている。

 

そして、お金のこととなると皆がとつぜん狭量になって警戒しがめつく非寛容で妥協せず争い合っている。そのわりに、しょうもないことにコロっと騙される。

 

どうしてでしょうね? 学問やお金が発明されたのも、社会を良くするためでしょう? 

 

人に見せびらかすためではないと思うのですが。まぁ、自分も人のことを言えた義理でもないし、そんな世間模様を見るのも、おもしろいですけどね。