【姓名の雑学 その1】

昨日、源氏の話が出たので、雑学でも。

 

いつだったが裁判所で調停に出ることがありまして、裁判官から「姓と名をおっしゃってください」と尋ねられたので、「苗字と名ですか?」と問い返すと、1秒ほど間があった後「そうです。苗字と名です。申し訳有りませんでした」と返されました。*1

さすが裁判官は頭がいい。なぜなら、私は自分の「姓」を知らないからです。

 

日本の氏姓は、平安時代から現代に至るまで、朝臣四姓(あそん・しせい)しか存在しません。

源、平、橘、藤原 です。

 

例えば徳川家康の姓名(氏名)は、「源家康(みなもとのいえやす)」で、「徳川」は名字です。*2 織田信長は「平信長」*2*3 ですし、足利も武田も今川も名字で、氏姓は「源」です。*4

 

そして、三条実美、岩倉具視などの公卿は、ほとんどが「藤原」氏で、近衛の藤原さんが「近藤」になり、佐官の藤原さんは「佐藤」などになり、洛中では、三条通りや岩倉村に住んでいたのがそのまま家名となったようですが、正式な氏姓はみなさん「藤原」です。*1

 

姓(かばね)は、天皇が臣下に与えるものであり、天皇自身に姓はありません。また、与えられていない人にもありません。天智天皇が、中臣鎌足の死に際を見舞い「朝臣藤原(あそみ・ふじわら)」姓を与えたのが有名です。

以前は様々な姓がありましたが、平安の頃に藤原朝臣だけが強くなり、姓=朝臣となりました。氏(うじ)は「その一族」という意味であり、ですから氏姓とは、朝臣一族のことを指します。

明治期になっても、政治家たち、例えば木戸孝允の天皇への手紙を見ると「朝臣 藤原孝允」と署名があります。*5 

 

冒頭の裁判官がなにを詫びたのかというと、現代の役所も含めたこの用語の適当な使い方についてです。

この話、長いので、明日に続きます。

 

*1 苗字は、名字とも。読み・意味は同じ。苗字は江戸時代になってできた書き方。古くは、武家が「名字」、公家は「家名」と呼ぶ。「苗字」は稲の苗のことで、明治政府によって平民も全員苗字を付すよう布告された。戦前までは「苗字」が表記として主に使用された。

 

*2 家康の「源」も、織田の「平」も、勝手に自称しただけ。

家康は初め藤原氏を名乗るが、後に源氏に鞍替え。家康の官位も入れた最後の正式名称は「徳川次郎三郎内大臣従一位源朝臣家康(とくがわ・じろうさぶろう・ないだいじん・じゅいちい・みなもとのあそん・いえやす)」。

 

*3 信長の最初の官職「上総介(かずさのすけ)」も自称。当初、上総守(かずさのかみ)と自称したところ、訳知り者から「上総国は皇族の直轄地なので守(かみ=長官)の役職は宮様のものだから、介(すけ=副長官)にしなさい」と諭され、そうしたという。

 

*4 足利、武田、上杉、今川等は、正統な源氏。

 

*5  だからといって、木戸孝允(桂小五郎)が、藤原貴族の末裔というわけではない。明治になって下賜されたもの。木戸はよほど嬉しかったのか、しかし西郷隆盛はこのような真似はせず、天皇へも「西郷吉之助」としか書かなかった。

 

 

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