【当たり前に隠された落とし穴】 場所、環境、人が違えば考え方が違う 『当たり前でしょ!』と思ったあなた そこに隠された落とし穴とは・・・

【The hidden pitfall of “natural”】

If the places, environments and person people see are different, also the way of thinking each person have is different.

You might think it’s a natural way, but here is a hidden pitfall…

 

 

水を汲んで、ガスに火をつけて、お湯を沸かします。

(ポッドでも電磁調理器でもOKです)

 

加熱すると水が湯になります。

 

わたしたちは、べつに不思議なこととも思わず、加熱器の熱が水へ伝わり水の温度が上昇して湯になったのだ。と知っています。

小学校の理科などで習いますよね。

(電子レンジ等では、水の分子が振動して発熱します)

 

しかし、イスラム教の、ある考え方では

「アッラーが湯にしようと決めたから、水が湯になった」のだ

という考え方があるそうです。

 

ウハハ、バカだな。

と思う方もいらっしゃるでしょう。

しかしこれ、両者とも、やっていることは全く同じです。

解釈が異なるだけですね。

 

知っている、としても、熱が伝わるとは、いったいどういうことなのか? 

そもそも熱とはなんなのか、水と湯では分子構造がどう異なるのか、を説明できる人はあまりいないと思います。

科学者の方はじょうずに説明なさるでしょうが、そういう理屈も必要なく、私たちは単に経験で「火にかけると湯になる」と知っていて行動します。

 

イスラムの教えの「水を火にかけると、アッラー(神)が湯にしてくれる(=アッラーの気が変われば、湯にならない もありうる)」

とするのも、

そのような教えを「知っている」からで、そしてこのほうが、なんとなく人生を注意深く、より理論的に生きているような気もします。

 

中世、西欧が暗黒の時代、イスラム教の国々が圧倒的に科学的先進国だったのは、神の意志をいっしょうけんめい知ろうとしたからに他なりません。

科学と信仰は対立するものではなく、本質的なところで同じことを追及しているのです。

 

経験則だけに頼らず、神の教えを聞いてみましょう。「ABD個性運命学」です。