【神聖不可侵】

戦前の大日本帝国憲法第三条には「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とあります。

いわゆる「神聖不可侵」ですが、神聖不可侵とはなにか?

この意味は、どのよう権威権力であれ、法であっても、その神のごとき域に干渉してはならないということです。

 

ちかごろは言われなくなりましたが、職場は神聖だ、とか、学校は神聖、母子関係は神聖とか聞いたことがあると思います。これは、職場に私生活を持ち込まない、教育の場に国家権力が介入すべきではない、を大げさに例えて使った言葉ですが、現在では親子関係や家庭を含め、生活の隅々まで法と行政の管理が入り込み、神聖な領域というのはすっかりなくなってしまったように見えます。

 

神聖といえば、本来は神社やお祭りも神聖なもの。お祭りで建物が壊れても人が死んでもお咎めなしなのが、お祭りのはず。

個々人の都合を超越して公を運営する(まつりごと)であったはずの政治も、民主主義下では終わりなき日常の営みを継続維持する装置でしかなく、我々は私的に行う旅行とかカラオケなどの小さな祝祭で、自由を奪われた日々のガス抜きするほかないのかもしれません。

 

けれど自分の心の領域だけは、神聖不可侵、誰にも明け渡したくないですね。