【個性ということ】

個性には、間違った個性、正しい個性がある、と言ってしまえば、なんだか違和感があるでしょうか?

 

けれども世界でオンリーワンだなどといって、身内や他人を困らせるような個性はやはり間違っているでしょう。

 

さらに昨今の世に流布する「オリジナリティ」とか「自分らしさ」というスローガンの真意をちょっと掘り下げると、「私の真似をするな」、「人が主催のゲームには乗らない」と、落ちこぼれるのを言い換えているだけなのではないでしょうか。

 

それって個性ですかね? 

 

そういうことではなくて、「正しい個性」とはおそらく「自分みたいな人間が世界にたくさんいるほうが、よりいい社会になる」と自分で思える個性を自分が実現することではないでしょうか。

 

つまり、他人がやってなくて自分だけなら人を出し抜いて自分だけが得をする、自分がブルーオーシャンになって独占して人を支配下におけるというのではなくて、自分以外の社会集団の全員が「自分みたいな生き方」をしているほうがそうではない場合よりもより全体が利益を得られるという生き方を模索する。

 

それが見本として必要とされる、倫理的な「正しい個性」ではないでしょうか。

 

ためしに思考実験で、大金を稼いでいる実業家、いつも当選する政治家や総理大臣、高い地位にある役人の方々に、「あなたは自分みたいな個性の人間ばかりがいる業界や政界や役所の世界で生きたいですか?」と聞いてみるといい。

 

「まさか、とんでもない」と後ろめたく答えることでしょう。

 

もし自分と似たような個性や能力を持った人間がわんさかいたなら、自分が競争に勝てない、いまの地位を保てない、人を服従させることもできないなどと考える人であれば、自分は自分ひとりじゃないと困る。

 

(いや、後ろめたくさえもないかも、それが個性だと思っていそうなので)

 

そんなのが、尊敬できる正しい個性といえるでしょうかね。