【生と死】

改元は、死と復活である。

   

なぜ一度死んで再生しなければならないのか?

そうでなければ、本当に変わることなどできないから。

   

「はっきり言っておく。人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」

 ヨハネ3

   

生命とは、意外なほどに保守的なものだ。

犬であれ猫であれ、人であれ、現状がどれほど悲惨な生活であっても、当の本人はそれを守ろうと懸命になってもが

それ客観的に見るなら、滑稽でしかない。

   

死は浄化である。

これまでの慣行、前年までの不景気、失政、無知、愚かさ、罪、毒、けがれ、病、死、その浄化。

  

無論ここで言う死は、精神的なことのそれである。イエスの死と復活、ブッダの解脱を史実として考えるのは意味のないことだ。

  

しがみつくものを手放す。

死と再生、未熟であればその死は破滅へ至るが、善き者によって導かれ、訓練され成熟な精神の命は、死んでも死んでも尽きることはない。

それこそが、神が発する”命”の命令なのである。

  

令和 ―― 復活の開始か、はたまた死か? 

  

あなた次第である。