【樓霞山 雲谷のことば】

積善の家必ず余慶あり 

積不善の家必ず余殃(災い)あり 

仏菩薩がどうしえ妄語されよう

聖賢なにを苦しんで後人を欺こう 

極善の人には運命もかなわぬ

極悪の人間も運命はこれをどうすることもできぬ

善悪為すを豪傑といい、どちらも為さぬはこれ凡夫なり

 

 

意訳: (善いことする人はかならずいいことがある。悪いことを考えている人は必ず災いがある。 そのように言う仏や菩薩がどうして間違えよう。古来知識人が苦しみぬいてそのように結 論したのは、わざわざ後世の人を騙すためじゃない。 善を積む人には、運命とて敵とならない。いかに極悪人でも、運命はどうすることもできない。行動すれば善いこと悪いこと、それは両面ある。何もしない人は凡人である)