【信念という所有物】

心理学者のロバート・エイブルソンという人が、

「信念というのは所有物のようなものだ」と言っています。

 

私たちがモノを所有し保持するのは、そのモノの機能や価値が私たちに有益だからです。

同様に信念を獲得し保持するのも、持っていると安心で気分が良いからと言えるでしょう。

 

モノと信念の類似性は言葉遣いにも反映されています。

人は信念を「持つ (have)」、

信念を「得て (obtain)」、「捨てる (discard)」

考えを「採用する (adopt)」、その信念を「受け継いだ(inherit)」、「獲得した (acquire)」、その考えは「買わない (buy)」、考えを「抱いている(hold)」、古い信念に「しがみついている (cling)」、信念を「手放す (give up)」、信念を「失った (lose)」、信念を「放棄した (abandon)」

などという言い回しは、「信念」「考え」を、「モノ」に置き換えても同じように使えます。

 

私たちは物質的なモノと同様に、信念を獲得し、持ち続け保護しようとします。

自分の持つ信念に挑んでくる者があれば、あたかも自分の所有物が狙われているかのように感じ、そうした人とはあまり付き合いたくないし、逆に同様の信念を持つ人の同意はうれしいものです。

「人は自分の信念を、その価値のわかると思われる人には見せびらかし、それに批判的と思える人には見せないのである」

 

また批判を受けても、それを補う言い訳をがんばって探そうとします。

「カッコはよくないが、燃費がいいからこの車を買ったんだ」

「他人にわかりはしないが、自分にとっては譲れないところだ」

「仕事がうまくいったのは、私の信念が支えた。仕事がうまくいかなかったのは、周りが信念を持たないからだ」

 

結果が悪いのに、いまが幸福でもないのに、自分の信念を変えない、というのは、考えてみれば奇妙な話です。

 

私たちは、欲しいモノがたくさんあるので、年々、モノは増えていきます。

でも、いらなくなったものは時々捨てないと、家の中の掃除がしづらくなって、やがてゴミ屋敷になってしまいます。

 

信念についても同様です。私たちはたくさんの信じたいことがあって、それらがすべて真実であれば、どれほど素晴らしいことか。しかし、整合性がつかない信念は同居できません。

 

むかしは高くて買えなかったけど、いまはバーゲンで安売りしてるじゃないか、などといって飛びつかないよう。安売りされるモノにも信念にも、安くなった理由がちゃんとあるのです。

 

これまでと全く同じ考えを抱いて、何かが変わると思う方が、どうかしています。

 

 

ABD個性運命学