【Sollen】

近所の人に親切にした = 仲良くなれた。

 

子供の心配をした = おせっかいと言われた。

 

取引先にサービスをした = 常連客になった。

 

社内で同僚に気を配った = 余計なことをするなと上司に叱られた。

 

善かれと思いしたことも、結果が真逆になる場合があります。

この違いはいったいなんなでしょう? 

 

これは気と理がその環境を為す、即ち数ということ。

 

数が生成されるとは、以下のようなものである。

 

たとえば、犬が犬であるという理を我々が知るのは、気によって犬が生成されてはじめて犬というものを知るのであるが、犬という理(道)がなければ、気(一陰一陽)が働いても犬にならない。

 

理が異なれば犬とは異なるものがただ生まれるのである。であるから理と気の組み合わせ次第で、数は刻々と変化する。

 

自分の善かれと思う当為(命)が、理と気による数にめぐり合ってないことを、運気が悪いという。

 

これは朱子学の考え方ですが、当為(ドイツ語の「Sollenゾルレン」)だけでは扉はうまく開かないということです。

 

具体的な対策といえば、気質の性を仁愛とか理義に正しく道徳的になるというだけでは不十分で、それをそうさせるべく根源的な本然の性を顕現しなくてはいけない、云々・・・ 

ちょっと難しいですかね。