【空とはなんぞや】

「色即是空 空即是色」

と般若心経で申します。

 

釈尊は、「一切法は因縁生なり」因と縁がそろって果が生まれるといいます。果とは結果のことで「色」。因だけでも、縁だけでも、果は生まれません。よって果が消滅するのも、因と縁という条件が変化したときで、また「空」に戻ります。

 

しかし「空」は、なにもない「無」とは違います。

空とは「無意味」のこと、と考えるとわかりやすいかもしれません。

 

たとえばダイヤモンドも石炭も、動植物や私たちの体の主構造も、みな同じ炭素原子(因)でできていますが、生成過程や触媒等(縁)でまったく異なるものになっています。少しでも縁の条件が違えば私は人間ではなく材木になっていたかもしれませんから、それは私には無意味なことです。

(生物の主な成分はH2Oですが、これは構造というより循環物)

 

また、物質ばかりではなく、欲しい人と供給する人がいるから商売になりますし、男と女(因)に愛(縁)があると夫婦になり、愛(縁)がなくなると、夫婦の意味が失われます。

 

私たちは、なかなかこの「空」がわからないので、色に執着が生じます。自分の体、自分のお金など、常に自分のものと思っていても、それは因縁が揃っている間だけのことで、寿命が満つれば生命は消滅し、自分のお金も条件が変われば他人の手に渡ります。そのことを恐れ、苦しむ。その執着が煩悩です。

 

「空」とは、無ではなく、その目的に意味をなしていない状態、と考えるといいと思います。