【魂の行方】

お盆も終盤に入りそれらしいタイトルですが、「魂」は定義が色々なので、ここでは「霊魂」の意だけ扱い、「闘魂」とか「商魂」とかの精神力は考えないものとします。

 

さて、魂はどこから来てどこへ行くのか?

肉体は「命」の仮の「宿」で、魂は別に存在し永遠に不変不滅、なのか?

そもそも魂なんてあるのか?

そんなものは無い、としてしまえば簡単なのですが、なんとなくあるんじゃないの? と思うから、「鎮魂」や「招魂」なんて行事もあるのだと思います。

 

魂の存在は、実体なのか妄想なのだかまったく不明な「自分の自意識」と、大きく関係してくると思います。

 

自意識があるのなら、魂もあるのかな? とか、魂など存在しない、というのは、それを言う人にとって見えない第三者の視点が甚だ具合が悪いから、てな場合でしょうか?

それとも死んだらすべてOFFとなり、永遠に消去される? 

でも死後も、家族や知人の記憶には、故人が残りますよね。

 

いずれにせよ、本人が存命中は、自分という意識が存在する、と確かに思えるようです。

 

そして社会的には、各人の自意識や故人の魂が存在するという前提があって、法や倫理が成り立つのですね。

これはずいぶん以前にお話しした宇宙論の「人間原理」と同様で、認識主体が自分の自意識を認識しているのだから「自意識はある」と言い切っちゃっていいわけで、死んだ人やこれから生まれてくる人は今の世のことに口出ししませんが、「魂」の存在も確かにあるとすると「沈黙者の視線」は畏れるべきものであり、順法精神やモラルの向上につながりますよね。

 

つまり国家等の統治権力は、たしかに「魂」の存在を要請しているようで、なので本来、宗教儀礼は国家など統治サイドの執り行うべき仕事ではあるが、憲法19、20条に各人の思想や信教の自由の保障もあるので、民間に任せている、から、宗教法人の税制優遇されている理由が、ご理解いただけましたでしょうか?

話が変な方へ行きましたが、筆者はべつに税務署の回し者でも宗教関係者でもありません(笑)

 

ABD個性運命学