【シュメル人の特徴】

シュメル人の身体的特徴は、黄色人種で頭髪が黒く、目が大きく鼻が低く、ヒゲが薄く顔がのっぺりしていたようです。アラビア半島を含む北アフリカ原住民のセム族や東隣のエラム人は、白い肌にわし鼻の、彫りの深いヒゲの濃い顔ですから、周りの民族とぜんぜん似ていません。

また、シュメル人は言語に膠着語*を使用しましたが、これもセム系屈折語のただ中にあって異彩を放ちます。

皮膚が有色であったことから、アラビア海対岸のインド南部のトラヴィタ人ではないかとの説もありますが、今日では人類学的にも言語学的にも否定されています。

 

「メソポタミア」は、ギリシア語で「河の間の地」を意味します。現在のクウェート、イラクの一部で、チグリス・ユーフラテス川に沿った沖積平野がこう呼ばれます。アジアとアフリカ大陸をつなぐアラビア半島の東の付け根の部分にあり、紀元前の頃は北部がアッシリア、南部がバビロニアと呼ばれました。南東にペルシア湾を望み、西に貿易で豊かなシリア、南に不毛で広大なアラビア砂漠、東に険しい山岳地のエラム*とメディア(現在のイラン)、北を強国ヒッタイトやウラルトゥ(現在のトルコ)に囲まれていました。

 

古来、メソポタミアは肥沃な三日月地帯と呼ばれ、河が運ぶ豊かな土壌で農業が発達しました。四方に遮るもののないこの地は、その豊かさを狙う砂漠の遊牧民や山岳民族の侵入に常にさらされました。

現代もIS問題や石油利権の紛争が絶えないこの地の民は、5000年前から激しい戦いの歴史を積み重ねています。

 

20世紀初頭、英国の考古学界では、紀元前2004年にメソポタミアからシュメル人が消え、東アジアへ渡り、古代中国の夏王朝(B.C.1900-1600頃)の始祖になったのではないか、との仮説も出ましたが、なんら証拠はありません。

 

むしろ、シュメル人が東洋人的外貌で膠着語を使っていたことから、有史以前のより遠いむかし、東アジアの民が西へ渡り、シュメル文明を築いたとも考えられます。が、これは筆者の空想です。

 

 

*エラム=イランの国名はアーリアン(高貴な人)からきている。

*膠着語(こうちゃくご) = 単語を変化させず、接辞活用で文法的意味を変えていく言語。日本語、朝鮮語、トルコ語、エラム語、シュメル語、ウイグル諸語、モンゴル諸語等。

日本語例: 得る、得ない、得ている、得た、得ていた、など。

*屈折語 = 単語が変化して意味を分化する言語。ラテン語、ギリシア語、ロシア語、ドイツ語、アラビア語、英語等。

英語例: get(得る)getting[現在分詞] got[過去] gotten[過去分詞]gets[三人称単数現在]

ちなみに、中国語はどちらでもない「孤立語」。孤立語は活用も変化もしない。