【シュメルから世界文明】

シュメル人の文明は、様々な面において私たちの現代文明に直結しています。考古学的にも歴史学的にも、現在、完全に証明されている文明の流れをご紹介します。

 

シュメルで始まった文字の使用や都市文明は、当初、商取引などを通じて周辺のアラビア半島およびエラム地域に広がり、西はアナトリア、シリア、フェニキア、そしてもっとも豊かであったエジプトは、早くからシュメル国家と交易し、独自の王朝文化が発展を遂げ、地中海の島々、そしてギリシアへと強い影響を与えます。

 

エラムからインドへ侵入しインダス文明を立てたアーリア人も、メソポタミア発祥の文化を中央アジアへ伝えます。古代インドのリグ・ヴェーダは、エラム文化の強い影響下にあります。インダスのヒンドゥー文化は、その反発からジャイナ教や仏教各派を生み出し、北部ヒマラヤ山系、南は東南アジアへ波及します。

 

そして時に、アレクサンドロス大王のような英雄が、東西の文物をかき混ぜ結合させます。後の時代のモンゴル帝国の征服や、イスラム教の広まりも同様です。

 

ギリシア文化を古代ローマが引き継ぎ、ローマ帝国の領土拡大、キリスト教化は、地中海文化を欧州全域、北アフリカへと広めます。また、ゲルマン人の大移動によって、ローマ文化は北欧から東欧、ロシアへ至り、さらに西域や中央アジアへ伝わり、シルクロードを経た文物は、大唐帝国へ達します。

 

そして極東へ。

日本独自の文化が花開く直前の平安末、大陸の高度な文明を我が国に運んだのは、唐への留学生たちでした。

 

しかし、優れた海洋民族でもあったシュメル人は、それよりはるか以前に、海路でインド、東南アジアを経由し、東アジア沿岸を訪れていたとの学説がこんにち最新のものです。

 

今宵、美味しくビールをいただくとき、ビール発明者のシュメル人に、遠く文明の想いを馳せてみてはいかがでしょう。