【シュメル最終回 シュメルの意義】

1週間にわたりシュメルについてお伝えしましたが、ほんの断片しか記せませんでした。でも少しでも知れば、文明の始まりがシュメルとされるのがご理解いただけると思います。

 

人類が狩猟や原始農業の生活を血縁単位で営んでいた時代、シュメル人だけが、現代に通じる普遍的な文明を、どこから持ってきたのでしょう? 

自分たちで発明したのか? なぜ彼らだけに、そんなことができたのか? 

これは、18日で触れた「進化論」の、サルと人間の関係と同様に、他の民族とシュメル人の差異、という不思議につながります。

 

(そもそも「進化論」自体が大きく誤解されています。「進化」というと自発的な「進歩」のようですが、生物は自由意志で進化などできません。ダーウィンが『種の起源』で著したのは、自然淘汰においてたまたま生き残った幸運な種を「優生」と名付け、偶然その時々の環境に適応できた優生種が生き続けることを「進化」と呼んだのであって、「劣等な種」を凌駕するために「優勢な種」が進化したという意味ではありません。近代の「優生学」の間違いはここから始まっています。何が優勢なのかは常に変化する時々の環境が決めるのであって、例えばキリンは首が長いですが、自分で伸ばしたわけではなく、高木の多い地域では首を長く伸ばす遺伝子を持った個体が餌の獲得に有利で子孫を多く残せた。低木しかない地域なら首の長い遺伝子は意味がないので淘汰されたでしょう。それが環境に対して「個性」をどう生かすかということです。が、これは長くなるのでまたの機会に。)

 

旧約聖書には、ノアの箱舟で有名な大洪水の話があります(この伝説はシュメルのギルガメッシュ叙事詩が元になっています)。ユダヤ教の洪水伝説以外にも、アフリカ、小アジア、北米、南米、ミクロネシアなど、広く世界中の原住民に同様の言い伝えがあります。これは、太古のむかし、人類を襲った、地球規模の大洪水があったということではないでしょうか? にも関わらず、この地球規模の大洪水説ついて、現代の正統な考古学者や歴史学者は、ギルガメッシュ叙事詩の大洪水の話はチグリス川の突発的な洪水のことだろうと片付け、完全に否定しています。

(チグリス=Tigrisは「速い、矢じり」の意で、とつぜん襲ってくることから、英語の「Tiger(虎)」の語源になっています)

 

けれど、雨が降らないはずのエジプトでは、スフィンクスの調査で、地下の基底部に黒い泥が流れた1万2000年ほど前の地層が見つかっています。いったい、なにが泥を流したのでしょう?

 

ところで、我々ホモ・サピエンスは、25万年前に現れたとされています。現代人と同じ脳の重量を持った同じ人間が、延々と24万年間ずっと狩猟と採取だけして、洞窟に住んで壁画でも書いて退屈に暮らしてきたのに、それが1万年前からにわかに農業を始め、ここ6000年間ほどで、とつぜん都市文明を進化させた? これが、現在の正統な考古学や人類学の定説です。しかし私にはとうてい信じることができません。24万年という時間の長さを考えてみてください。現代の私たちは、たったこの150年ほどで、蒸気機関車を走らせ飛行機を飛ばし、人類を月へ送り原子力を操作し、バベルの塔のように300mを超えるビルを築くのです。むかしの人が、240,000年も、何も考えなかったのでしょうか?

そして、考古学の定説を覆す太古の文明の証拠は、世界中で続々と発見され、1万年以上前から文明が存在したことは、様々な遺跡や、放射性炭素年代測定法(AMS)などによって物理学的に確認されはじめているのです。

 

仮に、シュメル以前に文明があって、1万2000年以上むかしの大洪水や隕石の衝突などの天変地異で、滅びかけ、生き残った文明人がいたとしたら。

遠い過去の記憶から、シュメル人は、その失われた文明の断片をいずこからか引き継いで、新時代に現れたのではないか。

さらに空想を働かせると、その先史文明は、今のような物質文明ではなく、もっと人間力そのもの、人自体の能力を、自発的に進歩させた文明だったのではないか。

 

現代の私たちは、科学技術の発達によって肉体的にとても安楽な生活をしています。高度な社会システムによって、大昔のようにその日暮らしでもありません。しかし、それでもなお、人々が疎外感を感じ、現状に満足できず、幸福を渇望してやまないのは、なぜなのでしょうか? インターネットやスマホは大した技術ですが、楔形文字や文章での伝達も、書物も電話などの通信技術も、やっていることは基本的に同じです。

今とは違う以前の文明では、人と人とのコミュニケーションが、もっと根本的に異なるものなら? 器械を使わなくとも心と心が通じ合うような、そういった手法があるのなら? 

SFやスピリッチュアルな話と思われるかも知れませんが、いずれ、さらなる測定法が進歩すれば、そういったことも、科学によって証明される日がくるのではないでしょうか。

 

サルと異なり人間が進歩したのは、自然淘汰で大脳が大きくなったからではなく、人が「自ら進歩しようと決心した」からではないでしょうか。まさに、ダーウィンの進化論の例外として、自らの自由意志で進化・創造できるのは、人間の「知能」だけなのです!

 

このたび、シュメル文明を題材にとって基礎講座を開講するにあたり、ABD個性運命学が、シュメルから発し、悠久の歴史に連綿と引き継がれた伝統の教えと手法を紹介し、皆様のより良い人生のお役に立てていただきたいのは、正にそういった考え方です。