【運命の祭】

世の東西を問わず、昔の人は日常生活を「聖と俗」に分けていました。

ふだんは俗(王や国家)が支配する日々。

ときどき催す祭りは、世俗権力の及ばない、神が支配する日ですね。

 

ですから様々な無礼講を伴い、イタリア半島にあったとある国では、お祭りの日だけ王様と召使いが入れ替わるという風習があったそうです。

 

こういう変化を設けるのは、淡々とした日常生活を継続ならしめる上での、人間の知恵です。昨日のお酒の話にも通じますね。

 

近ごろでは、「祭」が単なる季節行事や地域イベントに絡め取られ、実行委員会を設けて警察官や警備員が監視し、ちょっとケガ人でもあるとニュースで報道されて即中止、犯人探しして謝罪会見したりします。これは、完全に俗の営みのうちで、祭りではありませんね。

 

近代以降、定期的な世界恐慌や戦争、目的の不明な異常犯罪が繰り返されるのは、祭りをやっているのでしょうか?

 

 

ABD個性運命学